尖閣諸島領有権と勅令十三号の関係

とある方を話をしていて勅令十三号が尖閣領有の根拠となっている、という話が出てきてたので、少し調べてみました。まだ、Mandiant報告書の途中ですが、一旦ここで調べた範囲の話をまとめておきたいと思います。

結論から言えば

  1. 勅令十三号を持って尖閣領有の根拠と主張するのは無理がある。少なくとも突っ込まれる余地はある。
  2. しかし、そもそも日本政府は勅令十三号を根拠としていないので関係ないよね。
  3. 勅令十三号を根拠としている、という説は沖縄毎日新聞の連載が元になっている俗説である

という感じです。

1.勅令十三号とは

まず、勅令十三号の中身を実際に見てみましょう。色々な所で出回っていますが、正確な原文はアジア歴史資料センターのページでネット上から直接閲覧が可能です。

アジア歴史資料センター

※八重山郡 八重山諸島で検索すると一撃で出てきます。

勅令第十三号

朕沖縄県ノ郡編制ニ関スル件ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム

睦仁 内閣総理大臣侯爵伊藤博文 内務大臣芳川顕正 勅令第十三号

第一条

那覇首里両区ノ区域ヲ除ク外沖縄県ヲ画シテ左ノ五郡トス

島尻郡 島尻各間切久米島慶良間諸島渡名喜島粟國島伊平屋諸島鳥島及大東島

中頭郡 中頭各間切

國頭郡 國頭各間切及伊江島

宮古郡 宮古諸島

八重山郡 八重山諸島

第二条

郡ノ境界若クハ名称ヲ変更スルコトヲ要スルトキハ内務大臣之ヲ定ム

附則

第三条 本令施行ノ時期ハ内務大臣之ヲ定ム

2.問題点

上記の勅令見ると確かに「尖閣諸島」の名前は出てきません。これを持って尖閣諸島を八重山郡に編入した、と主張するには無理がありそうです。「八重山諸島」の中に尖閣諸島は入っていると主張することは可能かもしれませんが、少なくとも「いやそりゃ無理でしょ!」と突っ込まれる余地はある。

Google Mapでこの辺りの地図を見てみるとこんな感じです。

薄い紫色が宮古諸島、その左にあるのが八重山諸島、そして上にあるのが尖閣諸島です。

いや・・・これやちょっと・・・尖閣諸島は八重山諸島の一部だ!と主張するのは厳しくね?

ただ、実際問題として、勅令十三号を受けて、尖閣諸島は八重山郡に編入されてはいるようです。

当時の中国(大正9年)からもらった感謝状にも「八重山郡尖閣列島」と記述されているみたいですしね。

※外務省「尖閣諸島に関するQ&A」Q4参照

【参考:中華民国駐長崎領事の感謝状】(仮訳)

ここらへんは想像ですが「尖閣諸島はどうすんの?」「八重山郡に入れとけ!」みたいな会話があったのかも知れないです。

あるいは当時は尖閣諸島は八重山諸島の一部だと認識されていたのかもしれない。今みたいに手軽にGoogle Mapで位置関係を確認することが出来る時代でもないですし。遠く離れた帝都では尖閣諸島は八重山諸島の一部、として認識されていたのかもしれません。

ここら辺は想像でしかありませんので、あまり意味のある議論でもないです。ただ、少なくとも、勅令十三号を持って尖閣諸島は日本領に編入された、という解釈は突っ込まれる余地があることは事実でしょう。

3.勅令十三号は尖閣領有の根拠か?

外務省のページに現在の日本の主張が述べられています。この辺りを見てもらえばわかりますが、そもそも日本は勅令十三号を持って尖閣領有の根拠にはしていません。

尖閣諸島についての基本見解

むしろ勅令十三号という言葉は一言も出てきませんね。

日本の立場はあくまで「無主地の先占」であり、

  1. 尖閣諸島は無主地だった
  2. 継続的かつ平穏な領域主権を行使した

の二本柱で成立しています。

ここに勅令十三号は関係ありません。いくら勅令十三号を叩いて領有権の根拠が薄弱である、と主張しても意味がありません。だって、日本政府はそんなこと言ってないから。

4.では、どこから出てきた話か?

結局勅令十三号はどの島をどの郡に編入するか?という割り振りの話であり、日本政府の尖閣領有の根拠ではありません。

では、勅令十三号が尖閣領有の根拠である、という話はどこから出てきたか?というと、どうも沖縄毎日新聞の「琉球群島における古賀氏の功績」という連載にその記載があるようです。

で、その連載どこかで読めないかなぁ、と思って調べていたら出てきました。

下記ページの上部にある「2ページ」というリンクです。

http://www.tanaka-kunitaka.net/senkaku/okinawamainichi-1910/0105.html

当時の沖縄毎日新聞のコピーですね。確かに「二十九(一八九六)年勅令第十三号を 以て尖閣列島の我が所属たる旨公布せられたるにより」と書かれているのが確認出来ます。

5.沖縄毎日新聞の誤報?

上記連載の文言には二つの解釈がありえます。

  1. 沖縄毎日新聞の誤報である
  2. 実際に八重山郡に編入されている。当時は勅令十三号をもって尖閣編入宣言と認識されていた

最初は単純な誤報と考えていましたが、単純にそうとも言えない気もしてきています。少なくとも当時、一般的には勅令十三号を持って日本に編入した、と考えられていたのかもしれません。

6.結論

確かに勅令十三号には尖閣諸島の名が明示されていない以上、解釈の余地がありえます。実際に八重山郡に編入されているじゃないか、と言っても、後付で編入したんじゃね?と言われるかもしれません。

しかし、根本的に日本政府はそのような主張は行っておりません。確かに勅令十三号には尖閣諸島の名が明示されていない。そこを攻撃しても「で?何?そもそもそんなこと言ってないけど?」という反撃で終わりになってしまう話でもあります。

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尖閣諸島領有権と勅令十三号の関係」への1件のフィードバック

  1. こんばんは、snowwalkerさん、とある方です(笑)。

    ブログのタイトルが「尖閣諸島領有権と勅令十三号の関係」なのでその点のみリプします。

    3/17投稿の結論について、
    1. は、正しいと思います。
    2. は、日本の立場ならそれが正しいですし、中国から見たら現在の日本の根拠こそが怪しいと言うのですから関係がないとは言い切れない。3.と関連します。
    3. は、違うと思います。
    元は、沖縄毎日新聞の記事ではありません(影響とかは別で)。
    元は公文書:琉球政府立法院が1970年に「尖閣列島の領土権防衛に関する要請決議」
    http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents/texts/JPUS/19700831.O1J.html
    だと思います。その中で勅令13号について記述があり、尖閣領有の動きの中で大きな意味を占めているからです。
    「(杭打予定)閣議決定に基づいて,明治二十九年四月一日,勅令十三号を沖縄県に施行されるのを機会に,同列島に対する国内法上の編入措置」、「沖縄県知事は,勅令十三号の「八重山諸島」に同列島が含まれるものと解釈して」

    故に俗説でもデマでもありません。(と思うのですが、どうでしょう?)
    そして、その(杭打予定)閣議決定がいい加減だとリプで述べた通りです(その決定は関係国に位置も名前も公示されてない上、実際に杭打ったのは1969年)。それが日本の尖閣領有の根拠なら、弱いなと正直思います。

    今日はここまでです。

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